手帳の考え方

yPadの手帳を使っていること、バレットジャーナルを取り入れていること

などなどから、私のことをノートに関して几帳面と思われることも多いようで、よくどんなノートを使ったらいいですか?と相談を受けるのだけど、 

じつは几帳面というよりは、一般的なノートやメモの使い方から大きく逸脱しているので、その様子が異様に見えるのが几帳面と間違われる所以なのかもしれない。

 yPadなどのスケジュール系のノートは、約束を忘れないために書いているのではなく、「未来の自分に約束している」というつもりで書いていています。


考え方の根本は、スケジュールは未来の自分を作るために計画書という感じ。

なので私が使っている手帳は日記や記録ではなく、未来予測計画手帳ということになるわけです。


 ではノートやメモはどうしているかというと、
誰かが言ったことを忘れないために書いているのではなく、

話を聞いたり、ふとした時に感じた「インスピレーション」や自分なりの「ヒカル語訳」にしたものをメモしたり、とにかく自分の頭に浮かんだ「疑問や自分の答え」を恐ろしい勢いで小さなメモに1項目1枚使って書きなぐり形式で使っています。

ひとしきり書きなぐって頭の中が空っぽになったら、一枚ずつ並べてみて、読み込んで頭を整理したら、その大量に取ったメモはその場でゴミ箱に捨てて帰ったりしています。


 なのでメモが散乱するようなことはなくメモったことで頭が整理されている、という具合です。

 頭を整理するため、暗記するためにメモに書くという行為を挟み込んでるイメージ。

 セミナーや講演会聴いててもそうだからメモってるのは頭の中に浮かんだヒントばかりで、破って捨てておしまい、なので、こんな使い方は几帳面でもなんでもなく、ノートを酷使しているだけなので、几帳面と思ってくれる人には申し訳ないなぁ、と思ったりします。  


なぜそのような使い方をしているかというと、時間の流れは過去から未来へではなく、「未来から過去に流れる」と信じているからです。 

これは学術的にも証明されていると思うので本当なんでしょう。

だから、未来の自分に約束をしていたら、その通りの現在→過去に時間が流れるんだろうから。

思い出して日記をつけるのもいいけど、未来を考えて計画たてたほうがよりいいやん?という、至極まっとうな理由で私は今日も未来の自分に約束を課してる(๑˃̵ᴗ˂̵) 

最近気に入ってるのは、持ち歩き用はトトノエのハードなカバーのブロックメモパッドです。 家のデスク周りに置いてるのはロディアの普通の。

でも、せっかくとったメモを読んだその場で捨ててる行為は人から見たらきっと無駄に見えるんだろうな。あとで見返さなくていいためのノートって感じかな。

見返す時間がないので、見返したいことはこうやってブログやSNSにその都度データログを残しているので、アナログとデジタルは完全に使い分けしているということなんでしょうね。

それぞれにあった使い方、自分の行動特性や頭の仕組み、何に使いたいかということを考えて自分にあった手帳術やノート術ができればいいと思います。


ヒカル


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プロセスクリエイター / 企業コーチ / ファシリテーター / ワインソムリエ / 茶道家 福岡を中心に(東京もたまに)活動する、企業の組織デザインを専門に行う企業コーチ:ヤツグヒカル

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